これから始めたい方や、やめようか迷っている方の、直接的な参考にはならないと思いますが、私の個人的な経験を書いてみたいと思います。
その1:パステルアートを本格的に学ぶ道を作ってくれた
最初の風船便で出会った方が筆文字を嗜んでいる方で、「作品を受け取ってくれる人募集」という趣旨のお手紙をいただきました。
文通村にはこういう使い方があるのか!と目から鱗が落ちる思いでした。せっかく作品をくださるのなら私も何か作品を返せないかな…と考えて思いついたのが、パステルアートでした。

筆文字の作品以外に、コラージュ好きな方や、イラスト、お写真をくださる方ともやりとりしました。
私とパステルアートの出会いは2012年あたりで、自己流でやるには限界もあって放置したまま10年近くが過ぎていたわけですが、この方に感化されて、パステルアートを描いてお返ししてみました。
10年近くのブランクな上に自己流ですから、たかが知れているのですが…(それでもなんかいい感じに見えるのがパステルアートのすごいところなんです)、とても喜んでくださった。それがもうあまりにも嬉しくて、そのときやりとりをしていた他の方にも送ってみましたら、みなさんが喜んでくださいました。
これが本当に嬉しくて。
結局その後、3色パステルアートの体験に出かけて行ったり、2024年にはパステルシャインアートのインストラクターコースを学ぶほどのめり込むことになりました。



今もゆるりとですが、続けています。
文通村に入っていなかったら、パステルアートを再び描こうとは思わなかったので、この出会いは私にとって本当に財奇跡でした。
3色パステルアートの公式サイト





これもちょっと学んでみたい…
その2:「自分の思考を書く」という修行になった
書く機会を取り戻したきっかけの一つが、万年筆のカクノと色彩雫(インク)で、これを使いたいがために日記的な手帳を再開したし、文通村にも入りました。
さらにこちらの記事でも少し触れましたが、文通村で気の合う方とやり取りできたおかげで、ものすごく膨大な量の文章を3年間も書きまくることになりました。
またこちらで書いたように、返信に困るような内容の相手ですら、「書く機会」には変わりないので、せっせと真面目に返信しました。



時々、心は折れていましたけど。
私にとって「書く」という行為は、なんかすごく大事な行為なんです。大事な行為なんですが、面と向かって取り組んできたとも言い難い…。付かず離れずな距離感。いつでも始められたはずなのに。特に結婚してからはほとんどなくなっていたと言ってもいいかもしれません。
結局、書く行為って、何を書くのかってテーマを見出すために自分と向き合うこととイコールなので、その自分と向き合うことが難しかったんだろうと今では思います。それが文通村に入村したことで、否応なく自分の考えを頭から引っ張り出さなくてはいけない。さらには手書きで。
パソコンで下書きして、清書を手書きすることも考えましたが(コピーが残るし)、不思議と下書きも手書きが合っていました。画面を見ながら書き写すのがなにやら億劫でした。最終的には、無印良品の分厚いA5ノートを用意して下書き用にしていました。



2冊は埋まってたと思います。あれ?少ない?
この3年間はまさに修行だったと思います。書くという行為そのものもさることながら、私自身の価値観と向き合う贅沢もしんどさも、とにかく貴重な機会であり、経験でした。これこそは本当に、文通村でしか味わえないことでしたし、入村して本当によかったです。
その3:万年筆ブームを卒業できた
文通村に入会する一番のきっかけはコロナ禍による社会との断絶感ではあったのですが、万年筆を使う機会を増やしたいのも理由のひとつでした。使う機会がないと、手元にあるインクが減らないじゃないですか…。
文通村には万年筆好きな人もたくさんいらっしゃるので刺激されて、減らしたいはずのインクを逆に買ってしまうなんてことも度々ありました。
幸いなことに私の場合はとにかくプラチナ万年筆一択で、プラチナ万年筆さんがインクをたくさん出す会社ではないことと、色数が尋常じゃないセーラーさんとのインクは相性が悪いと感じていることで、そんなに増えませんでしたけれども。



セーラーインクとプラチナ万年筆の相性も、書きまくらないと気づけなかったろうと思います。
そうしうてたくさん書いたり、買ったり、使ったりしているうちに、今あるものを消費していこうというフェーズに突入し、使いきれなそうなミクサブルインク全色も手放したりして、コンパクトに楽しめるようになりました。
これもひとえに、文通村で思う存分万年筆を使いまくったからだと思います。使いまくってみてようやく、自分の好みの色や書き味が理解できました。



理解できた好みは「一色には絞れない」ということでもありましたけど。
そうしてブームが過ぎてみると、万年筆だけで生活するのは不便だと認めざるをえず、普通の水性ボールペンもお迎えしたし、フリクションも買ってしまいました。



消えるって便利!
日記的手帳の多くは変わらず万年筆で書き込んでいて、それでも十分楽しいと感じられるくらい満たされているのは、好きなことに変わりはないけれど、ほどよい熱量に冷まし、ゆるりと向き合えるようにしてくれた、文通村の3年間があったからだと思います。
その4:実際に人と話すことのありがたみを知った
文通村を始めた時、密かに思っていたことが、このブログのキーワードにもしている「匿名で生きるを模索する」ということでした。文通村はまさに匿名で生きるを体験できる、数少ない機会だと思ったんですね。
コロナ禍で人に会う機会が減ったことで、ますます人と会うことが億劫になっていきました。なんかもう、人と会わずにひっそりと生きていけないだろうかと、ウツみたいな状態だったのかもしれません。



そんなに深刻ではなかった…と思います。
文字通り、匿名のつながりで満たされていた私はそれこそ、リアルな人と会うことの必要性すら最低限でいいのではないかと思ってしまうほど、充実感を味わっていました。
ですが、退会前に出会ったビーズ手芸の教室で、先生や通っている方々との交流を通して、やっぱり直接人と会う機会って大事なんだなと思い知ることになりました。
何がそう思わせたのか…。私自身がそう感じたというより、私以外の方のやりとりを眺めていてそれを感じました。その方々にとって、こうして直接会う機会がどれほど豊かな生活をもたらしているのだろうかと…。不思議な思いで見つめていたのを覚えています。もう一度、現実世界と向き合ってみようと思うきっかけになったことは間違いありません。
それもひとえに、完全なる匿名の世界で生きるを体験したからこそで、文通村の学びにほかなりません。
まとめ
万年筆ブームから文通村を知って入村を考え始めたわけですが、コロナ禍がなかったら足を踏み入れられなかっただろうと思っています。私に限らずだと思いますが、なんかとにかく、切羽詰まっていましたので。
でももし、コロナ禍がなくて文通村に入れていたら、Aさんとのお別れがあっても、続けていたかもしれません。少なくとも強制的な閉塞感のない日常の一部として並走できたと思うのです。あの頃は並走というより、別世界を行ったり来たりしているような感じでした。
すべては正しくすでに決められている…とトーシャシルバーさんの説を支持する身としては、異質なタイミングで入村したことも、退会のタイミングも、そうでなければ得られなかった経験のための最適だったのだろうと、振り返れるようになった今は、思えています。
なのでやっぱり、文通村のどこに惹かれているのであれ、興味があるのならひとまずお試し6ヶ月から始めてみることをおすすめします。
文通村公式サイトはこちら
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